【紙への道】聖徳太子と紙

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「紙への道」に掲載しているコンテンツを紹介します。

印刷をするために必要な「紙」について皆さんと学んでいきましょう。


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今回は、聖徳太子と紙にからんだお話です。

●お札に描かれている肖像画、もっとも多く登場した人物は?

まず、お札です。昨年、2004年11月1日から20年ぶりに新しいお札(日本銀行券、日銀券)が発行されました。

新しく発行された紙幣の額面は、今までの紙幣のうち、2千円札を除いた1万円札と5千円札、千円札の3種類ですが、その新札に描かれている肖像画は、1万円札はそれまでと同じ福沢諭吉で、5千円札は新渡戸稲造から樋口一葉に、千円札は夏目漱石から野口英世に代わりました。


それでは、これまでのお札でもっとも多く登場した人物はどなたでしょうか?


それは聖徳太子です(ホームページ独立行政法人国立印刷局のお札と切手の豆知識による)。

聖徳太子は1930(昭和5)年、100円札に初めて登場して以来、日本銀行券に戦前、戦後を通じて過去7回採用された最多記録保持者です。


すなわち、聖徳太子の肖像は、100円札(昭和5年発行)、100円札(昭和19年発行)、100円札(昭和20(1945)年発行)、そして戦後も100円札(昭和21年発行)で再登場。

その後も初めての千円札(昭和25年発行)や、5千円札(昭和32年発行)と1万円札(昭和33年発行)に登場し、計7回採用されています。


聖徳太子に次ぐお札への登場回数は、いずれも戦前ですが和気清麻呂、菅原道真の6回です。

戦後では4回の聖徳太子が最高ですが、昭和21年に登場した聖徳太子の100円札は昭和28年には板垣退助に、千円札(昭和25年発行)は昭和38年に伊藤博文に、そして5千円札(昭和32年発行)と1万円札(昭和33年発行)は昭和59年に聖徳太子から、それぞれ新渡戸稲造と福沢諭吉に代わりました。

それと同時に千円札も伊藤博文から夏目漱石になりましたが、今回の新札発行で、また一部変更となったわけです。

そして模様替えとなった1万円札に福沢諭吉が連続採用(2回目)されており、聖徳太子に代わって福沢諭吉が高額紙幣の顔となってきました。


しかし、聖徳太子は「お札の顔」として根強いものがあります。

聖徳太子は戦後の100円札、千円札、5千円札および1万円札のいずれにも登場しており、しかも昭和25年から約5年間は、千円、5千円、1万円の3種類のお札に、すべて聖徳太子の肖像が使われました。

また、昭和33年から昭和59年の約27年間は5千円、1万円の高額紙幣に採用されています。


この「人気ぶり」に、当時は聖徳太子といえばお札というほど、お札の顔として親しまれていました。

日本のお札の歴史の中で、これほど多くのお札に登場した人物はおらず、まさにお札の肖像の代表格といえます。


それでは聖徳太子という人物はどんな人でしょうか。


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